初心者が見るのはギャラの額だ。その仕事がいくらの価値だったかを決めるのは、たいていその下に印字されている全部である。画像がどこに出るのか、どの国で、どれだけの期間、撮影素材はその後だれのものになるのか、電車賃はだれが払うのか、そして実際に入金されるのはいつなのか。
ここで金額は示さない。相場は国、クライアント、カテゴリー、年によって大きく変わり、記事に書き込まれた数字は読まれる頃にはもう古い。変わらないのは構造のほうで、その構造を理解していることが、悪い条件を礼儀正しく受け入れてしまうのを防いでくれる。
ギャラは最初の一行。重要な行であることはまれだ。日当は労働に対してだけ支払われる
日当、セッション料、撮影料は、その日のあなたの時間に対する支払いである。それだけしか含まない。できあがった写真や映像を、好きなところで好きなだけ使う権利をクライアントに与えるものではない。
その権利は別に買うものであり、契約がそれを黙って束ねているなら、あなたは対価を受け取らずに何かを売ったことになる。
本当に売っているのは使用範囲だ
使用範囲は、その仕事がどこに出るのかを定める。SNS、印刷媒体、屋外広告、放送、店頭。どの地域で、どれだけの期間かも含めてだ。あるブランドの地域SNSアカウントで三か月使われる写真と、同じ写真が大陸中の看板に二年間出るのとは、同じ仕事ではないし、同じギャラであるべきでもない。
買い取りとは、取り決めた期間の広い使用範囲をまとめて支払う一回払いのことで、付いている条件しだいで良くも悪くもなる。警戒すべき言い回しは、一日分のギャラの上に載った無期限、全世界、全媒体、そして現在知られている、または今後開発されるあらゆる媒体においてである。ギャラがそれを反映していれば、いずれも受け入れられる場合はある。反映していないことのほうが多い。
この話に入れておくべき残りすべて
- 移動と宿泊。 だれが手配し、だれが払い、そもそも移動日に支払いがあるのか。
- 超過時間。 標準の一日が何時間で、それを超えたらどうなるのか。
- 衣装合わせ。 多くの場合、別途支払われる半日である。多くの場合、忘れられる。
- 中止。 直前に中止になった場合に支払われるもの。これは実際に起きる。
- 独占。 これを受けることで競合の仕事ができなくなるのか、その期間はどれだけか。
- 事務所手数料。 あなたが受け取った報酬から差し引かれる割合のこと。決して入会金ではない。
- 支払い条件。 三十日か、六十日か、九十日か。あとではなく先に聞くこと。
撮影前に書面でもらう
当日ではなく、ましてあとでもない。取り決め書か契約書を事前にもらい、使用範囲の条項をきちんと読むこと。ほかを流し読みしたとしても、二度読む価値があるのはその一条だけだ。
クライアントが撮影前に条件を書面にしたがらないなら、その返答自体が、あなたの必要としていた情報である。
使用範囲が、一件の仕事と十件の仕事を分ける。支払いを受けること自体がひとつの仕事だ
ほとんどの国でこの仕事は個人事業であり、請求、納税、記録はだれかではなくあなたの責任になる。すべての仕事について簡単な記録をつけること。クライアント、日付、ギャラ、合意した使用範囲、請求日、入金日。請求書には番号を振る。催促は丁寧に、早めに。静かな請求書は、うるさい請求書より長く未払いのまま残るからだ。
自分の国が個人事業の届け出と税についてなにを求めているかを確認すること。この部分は実際に国ごとに違い、掲示板で午後を費やすより、公的機関のページを十分読むほうが価値がある。
あなたのほうへ流れてきてはいけないお金
返金するよう頼まれる過払い。換金して一部を送るよう言われる小切手。スタイリストやブッカーに渡すよう言われる送金。これらは典型的な詐欺の型であり、あなたの分が出て行ったあとで最初の支払いは取り消される。本物のクライアントは、支払うべき額を一度だけ払い、何も返せとは言わない。
私たちの立ち位置
CastHubは、あなたが受け取るものから一切の取り分を得ない。私たちは事務所ではなく、あなたを代理せず、あなたの代わりに交渉もせず、お金も預からない。企業があなたを起用するなら、ギャラと条件は当事者二者のあいだで直接取り決められる。あなたのカードの職業面に届く企業は、先に本人確認を通過している。それはだれと話しているのかを教えてくれるが、その契約が公正かどうかまでは教えてくれない。
そこはやはり、あなたが読む部分だ。署名する前に聞くべきことは次のとおり。
- ギャラはいくらで、それは何を含むのか。
- 使用範囲はどうなっているか。どの媒体、どの地域、どれだけの期間か。
- 衣装合わせは有償か。移動日は有償か。
- 移動と宿泊はだれが払うのか。
- 独占の条件は付いているか。
- 請求はいつ支払われるのか。
六つの質問を、あとではなく先に。仕事で痛い目に遭った人のほとんどが、少なくともそのうちのひとつは聞くべきだと分かっていたのに、面倒な人だと思われたくなかったのだと言うだろう。